富山慶典氏講演

ホーム 岡田忠信氏開会挨拶 櫻井成好氏挨拶 大澤善隆氏挨拶 塩崎泰雄氏挨拶 石川・小保方両氏報告 田所一夫氏報告 学生による報告 富山慶典氏講演 星合隆成氏講演 吉浦紀晃氏発言 三友仁志氏発言 長田克比古氏発言 星合隆成氏発言 富山慶典氏発言 チャットによる意見報告 会場からの意見 各自より一言 塩崎泰雄氏発言 根津喜久雄氏閉会挨拶


「まちづくりの現場が求めるネットワーク」
―― 地域コミュニティ活動と次世代技術の融合 ――


司会
:続きまして報告講演の二つ目です。群馬大学社会情報学部の富山先生、よろしくお願いします。

富山:皆様こんにちは。ご紹介いただきました群馬大学の富山でございます。

私が塩崎さんとお付き合いするようになって3年目になります。塩崎さんが代表を務められているNPO:KAINを中心とした地域活動の実践に参加させていただくなかで、地域活動の重要性を改めて認識いたしました。一方、「電子政府」「電子自治体」そして「Eデモクラシー(電子民主主義)」は、社会情報学の重要なテーマなのですが、世界の大きな流れとなってきています。そして、地域活動とEデモクラシーとの繋がりを、自分の学問的な仕事として整理しなくてはならないという問題意識を持つようになりました。その後、昨年のことでしたが、ITとデモクラシーを見直す機会がありました。今日はその中から、「EデモクラシーとP2P」というお話をしたいと思います。

はじめに、背景と目的をお話します。
情報化の問題は電子商取引に代表される電子資本主義が先に走りましたが、次にくるのが電子民主主義ではないかと私は考えております。最近、国際政治学会でこれに関する大きな特集が組まれ、国の内外でも論文や本の出版が相次いでおります。それらを読んでみると、相違点としては基礎とするディシプリンや吟味の視点があります。共通点としては研究の枠組みを構想しつつ、過去のいくつかの具体的な研究成果をそのもとに位置づけながら、今後の問うべき問いを提示し、それらを共有しようとするということがあります。
私の専門は意思決定科学なのですが、意思決定とコンピュータとの接点で言えば、一番わかりやすいのが意思決定支援システムというものです。政治の方は、そのまま意思決定というのは民主的な決定です。というわけで、意思決定はITと政治の両方に親和的なので、これまで試みられていなかった意思決定科学の立場から検討することができると考えました。

講演のアウトラインですが、電子民主主義はどのように捉えられているのかという所からはじめて、電子民主主義の基本要素について、意思決定の上で重要な決定と討議と情報について、最後に今日のテーマでありますP2Pについて、という順でお話をさせていただきます。

電子民主主義とは何か。言葉が硬くて恐縮ですが、概念規定が必要です。様々な定義が提案されていますが、代表的なものを二つリストしました。
これを見てお分かりになるように、いずれもICT(情報通信技術)を利用し、政治家と市民を結びつけるというものです。本来は結びついているはずのものなのですが、こういうことが言われるということは、結びつきが不十分だからで、これが世界的な動きになっているということが背景なのだろうと思います。

いずれにせよ、これをご覧いただければわかるように、暗示的な規定となっています。ですから、これをどう捉えるかによって広がりを持てるかどうかが変わってきます。
こういう場合は両極端を考えてみるのが常套手段です。まず狭く捉えた場合、ICTはツールである、という捉え方になります。これは非常にわかりやすい。例えば、投票とか議論とか情報などを、効率的かつ効果的に行うために、オンライン上で行うということです。個人と集団に対するコンピュータ支援が重要になります。
一方、思い切り広くとってみると、ツールをはるかに上回るという捉え方が可能になります。民主的システムの作動プロセスにおけるICTの役割を理解するために、電子民主主義研究は民主的システムのすべての側面を含めた文脈において組み立てられるべきであるということになります。
広いといってもそれだけではあいまいですから、3つの核となる領域に分けてみましょう。一つ目は、制度的な政治です。きちんと制度があって、法律があって、その中で行われていく政治のことです。二つ目は管理です。そして、三つ目は市民社会です。後ろの2つはここでは割愛しますが、これらが互いに作動し連結されるところの多くのプロセスを対象とすべきである。広く捉えるとこういう形になります。

これからお話することは、制度的政治の領域における狭い定義の内容を念頭に置いて、進めていきます。さらに、先ほどの狭い定義であったICTはツールであると考えたときの課題についてお話していきます。

狭い定義で捉えますと、最初に問題になるのは、民主主義とは何かということでしょう。しかし、これについては、さまざまな人がさまざまなことを主張していますので、なかなか分かりません。研究者の数だけ定義があると言ってもいいぐらいです。
一昨年、Astromという研究者が、たくさんある民主主義の概念を大きく3つに束ねました。『Quick democracy』『Strong democracy』『Thin democracy』です。これらを訳すとすれば「速い民主主義」「強い民主主義」「薄い民主主義」といったところになるかと思います。
『Quick democracy』というのは市民の活動の部分を見ると、市民を“意思決定者”として捉える、としています。したがってそのためのICTの使用方法としては、決定、具体的には投票というになります。本当にこんな世界になるだろうかと皆さんは思われますが、スイスはこの形に一番近い形をとっています。
『Strong democracy』は、市民を“意見形成者”として捉えています。決定者と形成者とは違っていて、後者は市民が自分で意見を持っていると考えずに、公的な討議を行って意見を形成していく者として捉えます。当然、Quickに比べれば時間がかかるということで、そういう意味では『Slow democracy』とも言えます。
『Thin democracy』は、市民を単なる“消費者”として扱えます。ですから基本的には、今の代議員の方がすべて決定し、その正当性を保つための説明責任として、いわゆる情報の開示、情報公開でICTを使っていく形になります。
市民の役割に焦点をしぼって簡単に説明しましたが、これがAstromの3つのモデルです。

さて、これに対して私は、これらのモデルは理想的なタイプだろうと考えています。現実は政治文化が違いますから、これらの部分的な組み合わせか、妥協したものになっていくでしょう。そうだとすればICTが主に関わる『決定』、『討議』、『情報』の3要素は、いかなる民主主義のモデルにおいても、程度の差こそあれ、係わってくるものと考えられるわけです。そこで、それぞれのICTの係わってくるテーマで、どのようなことが課題になってくるかを、つぎに検討してみました。
基本的には『決定』を最終的な目的と捉えていまして、決定のためには『討議』が必要、『討議』のためには『情報』が必要という形でつながりをつけて検討します。

『決定』については、画面に五つほどの課題があがっていますが、多くの学問領域に関わりを持っていることがわかります。「情報科学」、「法学」、「行政学」、「情報行動論」、そして「投票理論」、「社会的選択理論」など。
ここでは、私の専門分野である「投票理論」や「社会的選択」について、さらに見てゆきたいと思います。

資料にある表をご覧ください。これは5年ほど前に出版した本の中で掲載した表です。
社会的意思決定をしていく方法のひとつに“多肢選択方式”というのがあります。多肢というのは三つ以上の選択肢があったときに、そこから一つ、あるいは少数を選び出す方式のことです。
この表は、縦に、“単記投票”、“認定投票”、“改良ヘア”、“コープランド”とありますが、これらが選択方式です。横にあるのが“規範的性質”といいまして、民主的な決定であれば満たして欲しいものが九つあげてあります。○×は満たしているかどうかを示しています。日本の公的選挙で使われているのは“単記投票”なのですが、×が多いことがわかります。実はほとんどのところで○がつく投票方式があって、それがコープランド方式です。
理論的には、欠陥の多い単記投票よりもコープランドを使うべきだとなるのですが、今まで世界中で私の知る限り、コープランド方式が使われたという報告はおこなわれていません。理由は何かといえば、“単記投票”に比べると、集計の手間がかかるということです。“単記投票”というのは一番集計が簡単であることと、有権者から見てもわかりやすい、一人の名前を書くか、チェックを入れれば良いという、もっともシンプルな方式だからです。しかし、集計にコンピュータを使える電子投票を取り入れれば、コープランドも使える可能性があるというわけです。もちろんこれを採用すれば、すべてが良くなるというわけではありませんが、このような成果もあるわけです。

このような成果を出す「投票理論」ですが、理論的な前提があります。その前提に厄介な問題を三つ抱えております。一つ目に有権者をどう決めるのか、二つ目に選択肢をどう決めるか、最後に投票者は選択肢の中からどう選ぶかと、ということについて一切問われていないという問題です。
はじめの2つの例としては、憲法をめぐっては、投票権を通常の選挙権より広げることを提案しています。また、市町村合併では、それについての住民投票で高校生以上にも投票権を与えるという条例を出した市町村もあります。どことどこが合併するのかという選択肢の設定も重要でしょう。こういう動きは日本では今までほとんどありませんでした。
私が特に大事だと思っているのは、3つ目の問題で、人々が意見を形成していく、選好を形成していくプロセスについて、日本ではほとんどノータッチだったということです。選好形成のための情報提供や、場の設定などは大事ですが、特に選好形成のプロセスにとって討議がとても重要なのではないかと考えます。

『討議』については、三つの大きなテーマがあります。
一つ目に合理的な討議とはどういうものか、ということを問わなければなりません。二つ目にメディアは何がいいか。コンピュータを介したものがいいのか(CMC)、顔を合わせたものがいいのか(FTF)。これらについての研究は社会心理学で行われていますが、この両方をあわせたものが良さそうであるというさまざまな事例が報告されてきています。三つ目が討議のスキルです。これをどのように学習していくかということです。これが大きなテーマになるのではないかと思います。
ここでは、一つ目についてだけお話します。
一つモデルを提案する場合、意思決定というのは画面にあるペイオフ表からスタートします。ペイオフ表は、意思決定者がコントロールできる選択肢や行動案と、コントロールできない自然の状態とから構成されています。例えば、出かけるときに傘を持っていくか、いかないかという意思決定を例にしますと、傘を持つという選択をしても、自分のコントロールできない天候がどうなるかによって、濡れたり濡れなかったりと、傘を持ち歩くことになるという結果に影響を及ぼすことになるからです。これらを予想したり推定したりして、一番いい結果を意思決定者にもたらしてくれる選択肢を選ぶというのが意思決定の問題になるわけです。
この表にしたがって選好討議過程というのを設計してみますと、六段階になります。細かい部分は省略しますが、例えば最初の、そもそも選択肢にどのようなものがあるのか、ということを考える場合には、一人で考えるより多人数で討議したほうがたくさんの意見が出るわけです。
討議については、CMCとFTFのそれぞれの長所をいかし、短所を補い合うことのできる大規模討議支援システムを開発する必要があると考えます。

『情報』については、一般市民が個々でも集団でも収集したり分析したりするのは、時間的、能力的、技術的にきわめて困難です。そこで、政府や行政が所有する公的情報を市民に提供することが必要になるわけです。あるいは、市民と市民の間で情報交換することも必要となります。そこで出てくるのが、討議のための情報の問題となります。

いくつかの課題がありますが、P2Pに係わってきそうなものでは、情報空間の特徴と情報過程の設計問題という部分です。これについてお話をしたいと思います。
先ほどキネマ塾の方が皆さんに情報提供を呼びかけていましたけれども、あれは非常に典型的でして、意思決定に関わる情報というのは、どこかに集中しているということは、普通はないわけです。ほとんど分離している場所にあって、しかもそれは、不完全で断片にしか過ぎないだろうと考えられます。これらは公私大小にかかわりなく、われわれを取り巻いている情報空間の一番基本的な特徴だと思います。
そうだとすると、社会コミュニケーション、プロセスまたは情報の生成や収集過程はどうあるべきかという問いが意味を持ってきます。これは社会情報学の一つの重要な問いです。

情報過程の具体的な例として、以下の四つをあげてみましょう。
一つは、政府や議会、行政、政治家が市民から私的情報を収集することです。市民から情報をもらうことです。
二つ目は、一つ目の逆で、政府や行政が一番情報を持っているわけですから、それを市民に開示していくことです。公的情報の開示です。
そして、三つ目に、こういう活動が典型だと思いますが、市民と市民との間で生活情報をやりとりすることです。回覧板もこれにあたります。
最後に、これから重要になるのではないかと思われるのが、大学や研究機関が学術情報を提供していくことです。

最後に、EデモクラシーとP2P技術について、私の考えを述べます。
まず、最初にくるのが、プラットフォームという考え方です。
今日お話したEデモクラシーというのは、どちらかというと「厳密さ」「大局性」を重要視しており、行政・政治的な部分となります。一方で、「ゆるやかさ」「局所性」を特徴とするものもあります。
流れとしてはこの両方がうまく循環する形が欲しいわけです。片方だけで留まっていてはいけません。後者の部分には、P2P技術がふさわしいのではないでしょうか。

電子民主主義における重要な鍵は、決定、討議、情報にかかわるICTをうまく活用した「民主的技術」の開発であると私は思っています。
それには情報科学だけでもできない、社会科学だけでもできない、それから現実の活動だけでもできないので、広い分野の総合的アプローチが必要であると考えます。
いずれにしても、情報効率がよくて、かつ情報効果が高い、情報通信技術と社会システムと人間の三者がバランスよく機能できる社会を構築していかなければならないと思います。

以上で講演を終わります。ご清聴ありがとうございました。

Copy rihgts (C)  2004 NPO:KAIN
群馬県桐生市宮前町1-3-21
npo@kiryu.jp