石川 この前、地場産業振興センターで展示紹介をやりましたが、その際は足をお運び頂けましたでしょうか?
小堀 ええ、行きましたよ。何だかまあ、自分の事が書いてあって恥ずかしいような照れくさいような。
石川 職人技については既に文献的にも多数出ていますが、老人クラブ連合会としても現役でご活躍されている方々にお話を聞き、我々の次世代に喜んで読んでもらえるような、貴重な財産となる本を作りたいと思っているんですよ。小堀さんとは初対面ですが、こうやって拝見すると生気はつらつとしていて、やはり現役はうらやましいですね。
小堀 いえいえとんでもございません、石川さんは私より先輩ですよね?
石川 はい。大正14年生まれです。
小堀 うわーすごい。そうすると七つ、八つくらい上なんですね。僕以上にはつらつとされてますよ。
――いいですねえ、すごくお元気で。うちの親戚とは違うなぁ。
石川 ははは。それでねえ小堀さん、いろいろ取材に行きますとね、その先で彼らのような若い人達が喜んでくれるんですよ。今までの我々というのは同世代、または一世代下の60歳くらいの人たちと何かを作り上げることが多かったでしょう。でも今回は10代〜30代という次世代の人たちと本を作るわけなんですね。21世紀最初の仕事として良い事だと喜んでいます。
小堀 今はこの繊維の仕事は低調かもしれないですけど、私はなくなるものじゃないと思うんですよね。またなくなったら困ってしまいますし。結果的には自負になるかもしれないけれど、やはり「悔しかったらやってみろ」というようなものを自分でも持っていると思うんですよ。
というのは、まあ現時点ではコンピュータを使っていますが、それは、やはり今まで手でやってきたものが積み重なっていればこその結果なんですね。コンピュータさえ入れれば、現在の我々の仕事が即出来るかというと、とんでもねえ話で、あくまでも土台は織物の基礎を頭の心底に叩き込んで来た長年の経験だと思っています。
そうは言っても勤めている人が、このことをいつになっても理解しないんですよ。私の教え方が下手なだけかもしれませんがね。正直言って自分では納得しているつもりでも、それを人に教えることは非常に難しいです。
石川 ほう、そういうものですか。
小堀 私はね、仕事というのは手取り足取り教えてもらうものではなく、苦労の中で本人が見つけて覚えていくものなんじゃないかと考えています。実際私自身がそうやって、自ずと頭の中に叩き込んで身につけてきたことなので、なかなか人様に「こうやるんだよ」「ああやるんだよ」っていうのが出来ないんですよね。
――小堀さんはこのお仕事の何代目にあたるんですか?
小堀 親が昭和の初めにこの仕事初めたんで、私で二代目です。それこそ親父からも手取り足取り教え込まれたことはありません。
石川 繊維産業としては、一番良い時期だったでしょうね。
小堀 そうですね。ただし、第二次世界大戦で一時商売を止めなくてはいけなかったので、経済的に非常に苦労した時期はありました。戦後意外と早く、そうですねぇ、昭和23年頃にはぼちぼち復活してきましてね。それからはお得意様のおかげで順調に仕事がありましたよ。うちはお召しが主だったので、戦後はお召しで復活しましたね。
石川 これまで見てきたところによりますと、森秀織物を中心にして機拵え、紋切り屋など、そうした職種の人がこの周辺には集まっているようですね。
小堀 ええ。森秀さんのような大きな機屋さんは、私たちみたいな紋切り屋を何軒も抱えていたものですよ。
――紋紙ってどういうものですか?
小堀 おっと、そうですね。今それをお見せしますよ。これは新しいタイプの紋紙で、エンドレスなんですよ。こっちの物が昔ながらの紋紙ですね。
石川 じゃあ、これからは小堀さんの教え方を……。
小堀 いやいやいや、さっき言った通り教え方が下手だから。
まず最初に意匠屋さんというところが、これの元絵というか図案を描くんですね。その図案を元に、星図(紋図)と呼ばれるものをこの方眼紙に描いていくんですよ。
石川 昔はこれを手で1マス1マス描いていったわけですか?
小堀 勿論、全て手作業です。
――それだけでもすごい。すごく細かいですよね?
小堀 こんなのはまだ荒い方です。こっちはもっと細かいでしょ?これを全部手で抽いていきます。丁度サンプルがここにあるね。これがその意匠図のほんの一部なんですよ。
――この図案がこの布になるんですね。図案からお召しができるまでの過程なんて、全然わからないな。
小堀 いいですか?ここに枝が二本ありますよね?それがこれでしょ。次に、この玉はここに。そして、ほら、小さな玉がたくさん詰まってますよね?意匠図では節約して全部の絵が付いていなくても、全体図を頭の中に入れて、こういう紋紙に全ての穴を彫るのがうちの仕事なんです。それで、これが紋紙の1枚なんです。
石川 1枚というとお召しのどの部分ですか?
小堀 横軸がこの紋紙一枚に相当するんですよ。この罫一つが緯糸1本。実際には1つの罫に使う紋紙が1枚とは限らないので、2枚、3枚、4枚、5枚と入る計算になります。
――それはどうしてですか?
小堀 なぜかというと、この紺の緯糸を織るための紋紙と、緑の緯糸を織る紋紙は別ということです。それと、この白いところで地の組織を作るためにまた別の紋紙が必要になります。つまり、ここには3枚必要なわけです。
単純にこの一つの罫に紋紙1枚だとして、ここまでで1000枚。さらに一つの罫で3倍のところもあれば5倍のところもあるので、結果掛ける3で3000枚もの枚数が必要になるんですね。実際にこれはそのぐらい使ってるんですよ。
――で、これらの紋紙を1枚1枚手で穴を開けていくわけですか?
小堀 そうです。例えばこの緑の部分を彫る場合、ここから1,2,3,4、と数えて、仮に12,13個目だとすると、13のところからこっち側に緑が5本ありますので、ここへ5本分の穴を開けるんですよ。
1枚の紋紙の太い罫と太い罫の間には12のマスがあるんで、実際には12の穴があります。だから、こうやって方眼紙と合わせて緑のところにだけ穴を彫るんです。
――じゃあ、このマスの中には緑と白と青と三色ありますよね。まず緑の紋紙だけを彫って、次に白の紋紙、最後に青の紋紙を彫るということですか?
小堀 そうですそうです。その様に解釈してもらって結構です。だから、この罫だけで3枚の紋紙が必要になってくるわけです。
――この布1枚作るのにどのくらいの紋紙を使うんですか?
小堀 意匠紙の裏に書いてあるんですけど、6164枚ですね。それだけの紋紙があってはじめて、この反物ができるというわけですよ。
――紋紙1枚がずれただけで、駄目なんですよね?
小堀 そうです。紋紙1枚でも、穴が1個ずれても駄目です。
――1枚の紋紙に穴を開けるのには、どのくらいの時間がかかるんですか?
小堀 一概に一枚どのくらいとは言えないですけど、難しいもので1日に100〜500枚、楽なものだと1000枚くらいは彫ってましたね。だからこれくらいの反物は、10日はかからないですよ。
――僕らの世代は身の回りにある技術がすごく高くなっているので、学問のレベルも確かに上がってきている思うんです。けど、その反面、人間の中身、つまり人間の能力というのかな、それはどうかと言ったら、もしかしたら便利なものが増えただけで、僕ら自身がすごいことをやっているわけではない。なんだか人間の能力自体は衰えてきているように思うんですよね。 |