石川 (小堀氏が取り出した本を指差し)それは、教科書ですか?
小堀 ええそうです。この工業高校の教科書をいまだに使っております。織物組織などを調べるのに使えるんですよ。ついこの前も、ヒダを作る時にこれを参考にして繊維工業試験場で作りました。そうやって現役で生きている本なんですよ。
――紋紙は穴が開くか開かないか、そのどっちかしかないわけですよね?
小堀 0か1でコンピュータと同じです。だからコンピュータの方が速いわけですよ。これを全部手でやっていたんですからね。1つでもミスがあると、その部分に傷がついてしまう。(ある部分を指して)これがその証拠です。
――これ傷物なんですか?
小堀 傷物です。ほらここに……ちょっと出てるでしょ?手作業だとどうしてもミスが出てきて、そこが傷になってしまいます。コンピュータになってからは、こういうミスは完全になくなりましたけどね。
――ミスってしまった紋紙のところだけを修正するんですか?
小堀 そうです。手で修正します。だから昔はひと回り織ると必ず直しに来てくださいっていう電話がかかってきたものですよ。その他にも、例えば織ってみたらこの辺りの柄具合が悪いので直そうというような修正もあります。まあ今はコンピュータの画面上で、簡単に修正できてしまいますけどね。
石川 紋紙はやはり、コンピュータの方がいいのかぁ。じゃあ、労働的にはずいぶん楽になったんですよね?
小堀 楽にはなりましたけれど、年を取ってきてあの画面を眺めているとなかなか皆さんのようには頭が付いていかなくてね(笑)。
穴のサイズにも京都版・関東版とありまして、大きさが違うんですよ。京都の方が大きくて、我々が使う桐生の方は小さいです。比べればすぐにわかりますね。ほら合わせてみるとずれちゃうでしょ?
うちは京都の仕事もやってまして、これが京都のジャカード用の紋紙です。京版と言いますけど、教科書は京都を主体に書かれています。桐生の紋紙は関東版と言って、この地をはじめ八王子、山梨、あるいは東北の米沢なんかで使っていますね。
――そうすると、ジャカード自体も別のものなんですか?
小堀 構造は同じですけど、サイズが違いますからね。紋紙の中心から双方向に27側ずつ、つまり左右で54。それが掛ける12あるので648。これを600口と称しているわけですよ。こっちは、55足す55掛ける12で1320。いわゆる1200とか1300と呼ばれているもので、桐生では比較的このサイズを多く使っていました。やはり口数が多い方が、良いものができるんですよ。
また、両サイドにあるシャトルが収まる箱は上下に動いていてるんですけど、右の4番目から左の1番目の箱に持ってくることもあります。そういう指示も全部紋紙が出しているわけです。
最近ではこの両側の箱の数がどんどん増えていまして、4つから6つ、とうとう12あるものまで出てきました。
――それだけの変化を織る時にできるって事ですか?
小堀 やろうと思えばできますが、18色までは使いません。
――ところで、さっき出てきたジャカードって何ですか?
小堀 なるほど、ジャカード!?ちょっと待ってね。(頁をめくりながら)この本に出てるかもしれないな。ありましたありました。これがジャカード装置なんですけど、紋紙一枚で緯糸一本の情報を伝えるわけですから、緯糸を一本入れるたびにこの紋紙が回転していくんですよ。
――で、次の紙にどんどん代わっていくわけですか?
小堀 そうそう。横針が紋紙にあたることによって押し戻されますよね。すると縦針が引っかからなくなって、経糸が上に上がらない。逆に穴が開いていれば、縦針がナイフに引っかかって経糸を引っ張り上げる。つまり紋紙に穴が開いていると縦糸が上がり、穴が開いていないと下がるという理屈なんです。
――なるほど。回転する時に、穴があるかないかで、引っかかったり、引っかからなかったり。オルゴールみたいですよね。NPOの事務局で紋紙を見た時、これでオルゴールって作れるんじゃないかなぁと思ったんですよ。
小堀 それは良い表現だね。そう言われてみると、オルゴールと同じ仕組みだよ。
石川 これを今はコンピュータで?
小堀 はい。フロッピーに全てのデータが入っているので、紋彫の機械に通すと勝手に穴を開けてくれるんです。
石川 これ専用のソフトはどのくらいするんですか?
小堀 今は安くなってきてけれど、300万円から500万円くらいですね。私たちがこの機械を入れた時には、なんだかんだで1000万円近くかかったんじゃないかな。
石川 初期投資も大変ですね。
小堀 だから、そういう話になるとやって良かったのか、悪かったのかわからなくなりますよね。
(一同笑)
――プリンターのようなものから、直接穴の開いたものが出てくるんですか?
小堀 ダイレクトって呼んでるんだけど、その機械から直接出しています。
石川 紋紙なしだ。
――ちょっと見せてください。
小堀 どうぞどうぞ。
じゃあ次に、昔は手作業でどうやって紋紙に穴を開けていたか、今日は工場で実演をしますから、ちょっと待ってて下さい。それから、現在はコンピュータでどうやっているのかもお見せします。
一同 よろしくお願いします。
石川 将来的に興味を持ってくれる人が現れるといいですね。
小堀 そんなことがあればありがたいですがね。
――予想はしていたけど、工程がはるかに大変そうだなぁ。
(工場に移動する)
小堀 (ある機械の前で)これがジャカードと同じ構造なんですよ。シリンダーがこっちにぶつかると、横に横針が出てくるでしょ?そこに紋紙があたると押し戻されますから、縦針が引っかからなくて、その部分の経糸は上がらないんですよ。
――なるほど〜。先程説明して頂いた仕組みですね。こっちの機械は何ですか?
小堀 これは同じ紋紙を作るための、いわばコピー機ですよ。ワンパンチと呼んでいます。
石川 この機械は現役ですか?
小堀 勿論、現役です。じゃあね、工場は古くて狭いから足元に気をつけてこちらに来てください。ピアノマシンを見て頂きましょうか。一緒にやっている星野というものが実演します。
(ピアノマシンの実演)
星野 ここに12側あるんですが、これで上から下まで12箇所の穴を開けられます。両手で12の針をピアノを弾くみたいに押して開けていくんです。例えばこれは左から4番目までオレンジなので……
(実際に作業をしてもらう)
――すげ〜。手の動きが速すぎて、付いて行けませんね。
星野 これをいっぺんに見て反応して針を押していくわけですよ。目で見た時には手がまず動いて、手が動いた時には目が次のところを見ていないと追いつかないんです。
――リズム良く、残像で彫っていくって感じですね。映像として頭に残すと同時に、反射的に手が動く。
小堀 そういうことですね。スピードは足でぺダルを踏んで調節します。この機械ができた時はかなり画期的だったんだけど、今ではもうほとんど使われてないんですよ。
――これって仕事が一人前にできるようになるまでに、どのくらいの時間がかかりますか?
小堀 個人差がありますけど、だいたい5年やそこらはかかりますよね。何でもできるようになるまでには10年くらいはかかったでしょうね。
――いまだに紋紙を使わないといけない織機というのは、まだ動いていると思うんですけど。
小堀 はい、現実に動いています。
――そうなると、やっぱり紋紙は作るんですか?
小堀 勿論、現在でもちょこちょこ作っていますよ。だから、これだけ古い機械が現役でここにあるんです。
――この機械はだいたい何年ぐらい使ってらっしゃるんですか?
星野 俺がここに来て42年経つんだから、50年は経ってるでしょうね。
――(昔のテレビのチラシが星図を挟む台に貼ってあるのを見て)うわ、このテレビ6万円って書いてありますよ。その当時にしたら、すごく高いですよね。これを買おうと頑張っていたんですね(笑)。俺もスキーが欲しくて写真を机に貼っているんですよ。そのためにバイト頑張るぞみたいな(笑)。 それと……さっきから気になっていたのが、ここに貼ってあるグラビア!これって僕らが学校の研究室とかに貼ったりしているアイドルの写真とあんまり変わらないですよね(笑)。
小堀 昔も今も、男は男ですからね(一同笑)。
(紋紙の編み機の実演)
では次に、紋紙の編み機を動かしてみましょうか。
紋紙ができると次にそれを編むわけですが、これがその機械なんです。これだって昔は手作業でしたけど、今はこうして機械でできるようになったから、随分楽になりましたね。
石川 こういうものの、機械化はいつ頃から?
小堀 これは昭和30年頃、全盛期の時でしたね。
石川 こういうものを教育の一環で、今回みたいに子供たちに見せたいですね。
小堀 教科書とかには載っているんで、知っているには知っているんでしょうけれど、やっぱり実際に、うちではどの様にやっているのかということを見てもらいたいですね。
(コンピュータのある仕事場に移動する)
――今は図案というか、柄から作っていらっしゃるんですか?
星野 そうですよ。昔は、図案屋さんがいたんですけど、今は機屋から図案がそのままくるんですよ。私なんか、まだ素人ですけどね。フロッピーを作るのが仕事で、描くのはだめなんですよ。
――それはいつ頃から作ったものですか?
星野 これは最近で、8月頃から作りました。
――この柄は何に使うんですか?
星野 これ帯なんです。裏をつけて、表にでないのは全部裏にいっちゃいますから。
石川 それでチェックするわけですか。
星野 はい。本番でそのままやっちゃうと、パーになっちゃいますからね。
――実際、コンピュータで作るのにはどのくらい時間が必要なんですか?
星野 今この画面に映っているのには、1056枚の紋紙が必要なんですけど、そのかわり紋口が3552なんですけど、袖があるから実際には4000口必要なんですよ。それがコンピュータでやった場合は、3分くらいでできちゃうんです。それが、昔は1週間から10日くらいかかりますね。
小堀 いやいや、こんな大きい口だと1ヶ月はかかりますよ。
――それじゃあ、かなりの短縮になったんですね。
小堀 いやー、短縮の桁が違いますよ。1桁じゃないでしょう。10倍いやいや、もっとですね。
――全盛期のときでもコンピュータ1台あれば全部の仕事をこなせちゃいますよね。
小堀 そうなりますね。
織物関係でこんなに変わった仕事は他にはいませんね。例えば、染め屋さんとか、機拵えさんとか……。
――あんまり、機拵え屋さんなんて変わってないものですね。むしろ、多くなって逆に手間がかかってるって感じですからね。
小堀 高速になってますからね。
石川 これはやっぱり両毛システムズなんかも関係するんですか?
小堀 うちは全部両毛システムズなんです。やはり、地元で便利ですし、私たちのデザインシステムじゃNo.1じゃないかなと思っているんですよ。
星野 こういうのを、自分は50歳過ぎてから覚えたんですよ。それで今は64歳です。
石川 あれー、若いなぁ。 |