桐生お召しに関わる職人たち
桐生お召しと職人の系譜
桐生市老人クラブ連合会/NPO法人桐生地域情報ネットワーク
桐生市在住 小平長次郎氏/小平氏の自宅にて
 小平さんは、見本織りを数多く手掛けており、現在も織物に関わる職人である。機械直しだった小平さんは、森秀に20年間勤めた後に独立、その後紗織りの名人となる。現在、手掛けている帯などは多くの旅館で使われていたり、テレビの時代劇などにもたびたび登場するという。
 こういっては語弊があるが、機械をいじっていた人が、なぜ紗織に特化できるようになったのかは謎であった。しかし、取材の際に見せて頂いたノートを開き、中を読み進めてゆくうちにその疑問も晴れていった。そこには、いくつもの端切れとそれを分解しながら描いた組織図があったのである。

機械直し/小平長次郎氏 インタビューより

(布がはりつけてあったりメモをしてあるノートを開いて)

――これは当時のものなんですか?

小平 そう、本当のお召しなの。もう40年以上経つね。

吉田 縫い取りが盛んな頃さ。

――触ると「きゅっ」て感じがします。

小平 うん、絹鳴りだね。違うんだよ、触った感触が。

――これはいつ頃のものなんですか?

小平 20年くらい前のやつだね。

――私たちと同い年くらいだね。手触りがいい。

小平 うん、やっぱり絹だからね。

吉田 絹糸になると柔らかいけどね。その前の段階じゃ生糸って言って、そこから作っていくんだよ。

小平 これは森秀で織ったものだね。

――すごーい。透けてる!!

小平 ほら、「よこよろけ」って言うんだよ。筬でこう織るんだよね。

――吉田さんも当時のものって、一つ一つ覚えてらっしゃいますか?

吉田 それはほとんど分かるよ。

――へえーすごい。

小平 そりゃ知ってるよ。やってた人なんだから(笑)。

――今も織るときに参考になさったりするんですか?

小平 こういうものは頭で考え出すんだよね。

吉田 こっちの花が透けてるのは、横絽っていうんだよ。これは見た通り、夏の着物。
(ノートをめくっていき)

――これは何ですか?

吉田 織り方の設計図。基本設計。

――んー全然分からない。設計図って言われても、どこがどう設計なのか…。

小平 ここまで勉強するのは大変だけど、これが分からなきゃ織れないんだからね。

――この中でよく売れたもの、たくさん織ったものってどれですか?

小平 森秀のこれぐらいだな、秀美ってやつでね。

――織っていて、これは売れそうだなって分かるんですか?

小平 いや、市場に出てみてからだね。

――やっぱり出てみないと、分からないものなんですか。

小平 これはいい!!って感じても、あんまり売れないこともあるよ。

吉田 紋紙作って一生懸命織っても、買ってくれないときもある。


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はじめに
桐生お召しから龍村織物専属デザイナーへ
“柄”を生み出す演奏家
桐生で唯一の絹専門の染め屋
今もなお現役で筆を握る図案作家
2人の整経屋からみた現実と未来
高速化に対応して世界屈指の職人へ
桐生織物の職人たち
機械直しから紗織の名人へ
自作のサンプル帳を見る
入社時から全盛期への思い出
小平さんの帯作り
森秀機械直しから紗織りの名人へ
シャトルに付いた毛の正体
織機に施された工夫
意外な発見
全盛期を支えたお召し織物の稼ぎ頭
経糸と共に繋いだ夫婦の絆
商品の価値を決める最終段階
桐生の織物産業を陰で支える
あの光景を再び。桐生で八丁撚糸機を動かした立役者
シンポジウム
職人が語る桐生お召しの系譜

ちょっと一息/コラム
お召しチャート
編集後記

 

これらは当時森秀で織られていたものを整理したもの。

小平さんのノートには布と一緒にその組織図が丁寧に描かれていた。