桐生お召しに関わる職人たち
桐生お召しと職人の系譜
桐生市老人クラブ連合会/NPO法人桐生地域情報ネットワーク
 染め屋の仕事は糸を染めることであるが、経糸に関しては、その後、糊付けし乾燥させる工程までを含んでいる。緯糸の糊付けは、精練して染めた後、専門の張り屋が担当する。精練も染色も経糸と緯糸では、基本的な工程はほぼ同じ。
 なお、経糸は柄ごとに色の指定を受けて染めるのに対し、緯糸は頻繁に使われる色は先に用意しておく。なお、経糸、緯糸共に同じ色を使う織物は共織りと呼ばれていた。

染め屋/橋本廣一氏 第1回インタビューより

橋本 まず工場を見てください。

(工場へ移動する)

 今はみんな機械です。絹糸の場合はみな精練をしなきゃならないんで、まずそこから始まるわけです。ここで汚れやセリシンを落として、綺麗にした状態でそちらへ持っていって染色するんですね。
 試しに動かしてみましょうか。
 こういう風に精練するんです。今は止めちゃって水しか出てないですけど、実際は90℃程になりますから、蒸気も上がります。実際には扉も閉めておきます。
 昔はこっちにある釜でやったんですね。今は錆びちゃっていますけど。これでお湯を沸かしてやったんですよ。

――橋本さんのところは基本的に絹専門なんですか?

橋本 ええ、そうです。
 これが織物の花の柄とか、模様に使う糸を染める釜ですね。細かいもの用です。もう少し大きくなると別の大きな釜を使います。今はほとんど使いません。これは昔はレンガで積んであって、薪と石炭をくべていたんですね。
 だいたいこの位置に釜がずーっと7つぐらい大小とあって、これが中ぐらいのもので、大きいものはこれの倍以上の大きさのものがありました。
 この釜で染めたりさっきの精練をしたりしたんですね。特別精練(袋ネリ)では竿じゃなくて、麻の袋に糸を入れてこの中に2時間ぐらい浮かして置くんです。竿やこういう機械だとお湯の重さと引力で引っ張られて糸が伸びちゃうんですよ。なるべく伸びないほうが膨らみが出て織物にしたときに良い味になるんですね。それなのでシビアな織物だけには今でも私はこれをやってるんです。もっと昔は、これより大きい丸い釜だったんですよ。そこに袋を入れて浮かしておくんですが、時々かき回してやるわけですよ。竹の竿で押してやると、底が丸いから力を入れなくてもうまく撹拌できるんです。今のだと釜が四角いからいくらやっても駄目で力を入れてやらなきゃならないんですね。

――昔のゴエモン風呂みたいな釜ですか?

橋本 そうですよ。そこで錆びてる釜の相当大きいやつですよ。
 それ専門に使ってました。やっぱり味の良い織物が出来るんでね。今は機械でやるからどうしても本当の味が出ないんです。

――聞いた話なんですけど、精練するときにいきなりやるんじゃなくて、ざっと精練をしてその後もう一度やると聞いたんですが。

橋本 1〜2回やっておしまいですねぇ。90℃から95℃のちょうど煮立つぐらいの温度で2時間ぐらい置くんです。

――その特別精練は緯糸と経糸とどちらの糸が多いんですか?

橋本 緯糸のほうが多いですね。緯糸っていうのは撚糸があまり強くなくて、無撚の状態という感じだから毛羽が出やすいんです。それを抑えるために糸に無理をさせないというので昔からやっている方法がこれなんです。
 精練して、染めて、糊付けなどをしたら糸張りをこちらで行います。(移動する)持っていきます。棒に糸を掛けて、昔ながらの方法で木の棒で叩いて伸ばして、後の工程を楽にするんです。 ……だんだん平らになってきましたね。最初はくしゃくしゃの状態でしょう?糸繰りっていうのは一番上の一本から始めるので、平らになってないと引っかかって駄目なんですね。

――前に整経屋さんでお話を伺ったときにまさしくその話をしてましたね。

橋本 よく整経屋さんと染め屋は、仕事の成り行きで上手だ下手だなんていう話が出ますよね。あんまり糊をサービスしちゃうと糸と糸とがくっ付いちゃうんですよ。その辺の頃合がね。 ……こうなれば糸繰りのときに一番上の一本からずーっと全部が良く回るんです。こうやって広げておいてやらないと駄目なんです。

――これでセリシンなどは全部落ちてますよね。これにまた糊を付けるんですか?

橋本 この工程の前にね。オイリングするとか、糊を付けるとか織物によって分けてね。そっちにあるものなんかがそうです。糊が付いていて、まだ乾いてないんですけど。
 この黒い糸はお葬式の帯なんかの緯糸です。真っ黒でしょう?普通の染料プラス、セラミックが入っているんですよ。その加工がしてあるので普通の黒よりずっと濃いんです。こういうセラミック加工っていうのは、絹糸の反射光を抑えるんですよ。そのことによってものすごく黒く見えるんです。染料じゃこれ以上はどうしても染まらないという黒を加工するんです。こうして真っ黒にするんです。セラミック染色っていうんですよ。

――糊付けの工程についても教えていただけますか?

橋本 染色機の中で染め上げて、次に水洗するでしょ。その次にその中に糊を入れちゃって糊付けしちゃうんですよ。普通の経緯はね。特殊なお召し緯糸は、よく乾ゥした糸にコテコテした糊をくっ付けるんです。それで今度は撚り屋さんに渡すんですね。
 今たまたまうちでやってる色が、特殊な糸で駒糸っていうんですけど、これは着物の裾の部分のいわゆる裏生地ですね。それの糸なんですけど、それの場合は布糊というのを溶かして、ちょっとドロドロしたものを桶で浸しながらやるんですけど。それ以外は全部機械ですよね、今は。
 今ここに50キロの糸が掛かっているんですけど、あれも全部黒になるんですよ。左のグレーのは5キロですけどね。こっちの茶っぽいのは3キロです。これらはみんな柄になるからそんなに量が必要ないんですよ。

――こっちの色がついてないのはなんですか?

橋本 これは精練したままの糸で色の指定がまだないので干してあるんですね。まとめて精練しておいてとっておくんですよ。

――これはヤエゴロモですか?

橋本 そうです。八重衣ブランド(佐啓産業)です。

――何年ぐらいになります?

橋本 何年になりますかねぇ。今の社長のお父さんが自転車で糸を持ってきて、「頼むよー」なんて言っていたときからやっていますからね。40年、50年でしょうねぇ。
 私もそこそこ50年、こんなことをやってるわけで。桐工を出たのが27年ですからね。それからずっとやってますから。
 昔はねぇ、ここに蒸気なんてなかったんですよ。ですからここのところに、2台の重油バーナーを燃やして熱をあげていたんです。今はこっちにボイラーがあるからバルブひとつでパッと上げられますけど。それ以前はさっき言った、薪と石炭を燃やして、釜でやってたんですよ。
 それでね、釜は一人じゃできないんですよ。あの小さいのも一人じゃできないんですよ。両端に二人が立って作業するんです。
 この秤なんかも、まだ匁秤なんですよ。いまだに使っているんですよ。親父の代から1貫目2貫目ってやって、染料も1匁とか5分なんてやっていたデータがあるんで、それを使ってやっているんですよ。グラムの計りもむこうに小さいのがあるんですけど、今現在もこれを使ってるんですよ。もうボロで潰れそうですけどね。
 ほら、これが分銅になりますよ。これも親父の代からだから、60年やそこらあるんでしょうねぇ。

――橋本さんが最初の頃にやっていたときに使っていた染料は、今でも残ってるんですか?

橋本 今はなくなっちゃった染料もあるね。製造が止まっちゃっているんだよね。会社が合併してみんな合理化しちゃうから、ないんですよね。今までは例えば赤なら赤でも5色ぐらい色の段階であったんですけど、今は1色か2色ですよ。メーカーがひとつになっちゃっているから。それに使う量が少ないからあまり置いてもくれないんですよ。
 今では染料が欲しいなぁと言っても、最低でも10キロとかなんですよ。これが5キロなんですが、これでも大きいものなんですよ。昔は1キロとか2キロであったんですけどね。みんな1キロ1万円以上するんですよ。値段も高いですね。
 よく染め屋は耳掻きで染料入れるなんて言いますけど、こういうものを染めるにはそんなこと言ってられませんからね。さっきの黒なんてバケツで染料入れるようですから。まぁ黒は比較的安いからいいんですけどね。色によっては、そう使い切らないですよ。
 では戻りましょうか。色々引っ張り出してきた資料や、精練する前とした後の糸などを用意してあります。

  (工場から戻る)

 これは21、6本中という生糸ですね。それを精練したのがこれ。絹鳴りが良いでしょう?
 セリシンを落とすわけですけど、精練すると2割から2割5分目方が減るんですね。結局セリシンを落とさないとゴワゴワしちゃって絹織物は味が出ないですね。糸を4キロ持ってきたからといって、4キロの糸ができるわけじゃないんですね。
 これが織物になって、テレビとかでもなんでも着て歩いてるとシュッシュッと音が出ますよね。あれはこれからでてるんですよ。これを絹鳴りっていうんです。
 これが駒糸ですね。で、これを染めたものがそこに積んである裾まわしです。この糸の場合は糊付けが布糊を使うんで、機械じゃできないんです。全部プラスチックの桶があって、その中にドロドロした布糊を入れて、その中に漬け込んでひとつずつ手でまわして絞って、それから脱水にかけるんです。それがこの糸です。
 だから絹鳴りはしないんです。糊を付けてあるから、この糸の場合は。
 これはね、やっと見つけ出して私も初めて見るんだけど、絹の色のサンプル帳です。昭和10年のものです。裏はお得意さんの名前なんですけど、私にはちょっとわからないですね。サンプルなんですけど、わかったら調べてもらいたいぐらいなのは、なんでこれに印紙が貼ってあるかなんですね。5銭の印紙が貼ってあるんですよ。だけどこれはあくまで色のサンプルですよね。これを染めるときはこの染料と、書かれているものです。なのでこの印紙が不思議でならないんですよね。
 ちなみに一番後ろの色を見ると、戦時色だなと思うのが、「国防色」って書かれているんですよ。カーキ色なわけですけど、時代を映していますよね。

――他にも似たようなものはないんですか?

橋本 この年代のものはないんですよ。たまたまこれだけ残っていました。 これなんかは昭和30年当時のサンプルで、うちで作ったものです。これは染料の分量が8分とか3分とかで書かれています。こういう風に書かれているので今でも半分はこれを使ってるんですよ、匁を。

――この通りにやればこの色が出るわけですねぇ。

橋本 そうなんですけどほとんど染料がないんですよ。

――昭和30年代のものでもないんですか?

橋本 ないんですよ。最近ポンポン減ってますから。もうサンプルなんか全然作れないですね。うちの場合、染料屋さんとかメーカーにサンプル作ってもらえばちゃんとグラムで届けられたんでしょうけど、自分のところで染めながら分量を取っていたわけですからグラムのほうがとれてないんですね。まぁ私は今、グラムで半分ぐらいは取ってますけどね。昔のを見てもグラムはひとつも入ってないんですね。

吉田 尺貫法からグラム法に切り替えたとき、染め屋さんは大変だった?

橋本 今だってあんな馬鹿げなことをしたのはおかしいと思うんだけど、結局4キロの糸がくればそれを266でかけないと貫目に戻らないでしょう。なおかつ絹の場合は25%減るわけだからまた計算しなきゃならないでしょう。
 そんなことやって、馬鹿げだなと思うんだけど、ずっと続いてくると捨てがたいものがあるんですよ。おかしいですよねぇ。


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シンポジウム
職人が語る桐生お召しの系譜

ちょっと一息/コラム
お召しチャート
編集後記

 

精練や染色を行う機械。このような機械の登場も全盛期を支えた。

こちらは以前使っていた釜。現在でも時々使われるということ。

様々な機械や道具を手に取りながら説明する橋本さん。

糸によっては、昔ながらの染め方が適したものもあるということ。

取材に同行頂いた吉田さん(左)と中野さん(右)。

セラミックを染料に混ぜて反射率を抑えているため、より黒く染めあげられている。

昔から使っている秤を指差す橋本さん。

今では手に入らない染料も多いということ。染料を扱う専門業者も合理化されている。

上から精練前の生糸、精錬した絹糸、染め上げた絹糸。精練前と後ではツヤ、手触りが全く違う。

これは古いサンプル帳。単位は匁で書かれている。

同じようなサンプル帳が多数残る。中には写真のように染め糸が貼られている。

サンプル帳の中に「国防色」という文字。時代が感じられる。