桐生お召しに関わる職人たち
桐生お召しと職人の系譜
桐生市老人クラブ連合会/NPO法人桐生地域情報ネットワーク

橋本 これは全日空が、貨物便が就航したお祝いにと日本の織物を宣伝したいと作ったパンフレットですね。うちにも取材にきてね、私が染めているところです。モデルさんが来て撮影したもので、こっちはうちの中にたまたまこういう色のものが干してあったので撮影していったものです。
 これは以前に学校から、繭がどうやって製品になるかと見学に来たことがあったんですが、そのときのものですね。教育委員会の教育長が来たりして色々聞いて行ったんですがね。
 桐生織物っていうのはねぇ、注目を集めているんですけど無くなりそうだから余計になんとか残すっていうのか…。
 現状は厳しいですよねぇ。これは私のところの売上帳なんですけど、48年のころはお得意さんがこれだけあったわけですよ。24軒かな。これが今じゃあ、桐生でうちと取り引きがあるのは4軒ぐらいです。その4軒も売り上げがみんなダウンしちゃって…。

吉田 あそこに伝統工芸士の盾が飾ってあるけど、染め屋さんの伝統工芸士ってのはどういうものですか?

橋本 伝統産業っていうのは100年以上続かないと認められないんだってね。それに関連した仕事で20年それに従事していれば伝統工芸士の資格が認められるのかな。この頃は羽織ですよ。ふくれのコートです。お召しはこの以前ですね。40年に入った頃はもうほとんど無くなっちゃったからね。
 取引先も27軒あったものもどんどんやめちゃいましたからねぇ。この赤い印がついているところはみんな辞めちゃったところです。ふと思って皆さんが来る前に印を付けてみたんです。そしたらなるほど、お得意がなくなっちゃっているわけですよ。機屋さんの場合は倒産というのはあまりなかったんですよ。ジリ貧で今のうちに辞めればというのがほとんどでしたね。

――煙突と貯水タンクってのは染め屋さんにはどこでもあるっていうのが私の記憶にあるんですけども。

橋本 水は絶対ですよ。色を染めるのに水を使って、その後の水洗でも使って、それの繰り返しですからね。水は染め屋の命ですよ。昔は近くに用水路があってそこで洗っていたりしたんですよ。

吉田 染色する機械を大阪だか奈良だかの業者が森秀に売りにきたことがあったんですよ。
 その時市役所が、『近代化資金制度』みたいのをやっていて、「資金を出すからその機械を入れなさい」と話があって、それで入れたんですよ。入れたのは良いんですけど始めの頃だから未完成品で、業者が何度もきて部品を取り付けてて、完成するまでに3年ぐらいかかったよ。

橋本 県が設備近代化資金ていうのを出したんですね。5年間無利息でね。その頃にみんな息ついて転換したんですね。

吉田 まぁその機械も不完全もいいところで、それで一回やったら糸が繰れなくなっちゃったんですよ。

橋本 難しいですよ、今だってちょっと油断すると失敗しちゃう。
 機械の前にハンドルがあるんですけど、それをうっかり強くしちゃって精練しちゃうと、糸がみんな繰れなくなっちゃうんですよ。強く吹き出しすぎて糸が揉めちゃうんですね。さっきやったように糸を張っても平らにならないんです。固まっちゃったままで。精練は特に気をつけないといけないですね。
 精練の場合は4人がかりでした。バーナーの場合は石炭くべなきゃならないですからね。その名残で煙突が残っています。今はボイラーだからもう必要ないですけどね。

――そのころは水道はあったんですか?

橋本 ありましたよ。だいたいみんな井戸を掘ったんですけどね。うちの場合は井戸の持ちが悪いというか、10分もモーター回すと空になっちゃったので、水道と川の水を使ったんです。川にポンプを入れておいてこっちに引っ張ってきて、水洗とか全部やったんですね。向こうまで行くのは容易じゃないから。今は水道100%ですけどね。
 だから桐生川沿いに染め屋は多いでしょうね。水の供給ができないところでは難しいですからね。

――水質によっても変わるんですか?

橋本 硬度が高いと綺麗な色が出ないというのはありますけど、極端にはねぇ。でもそういうことから桐生川は良いと。渡良瀬川は銅山からの水が流れてくるから良くないと。これは確かにそうですけどね。逆に黒なんか染めるには良いかもしれないですけど。鉄分が多いから黒くなるんじゃないかな。大島紬は泥染めってやっているでしょう?あれは鉄分の多い田んぼの中で鉄分を吸わせてるんですね。
 私は草木染めはあまりやらないんだけど、たまたまサンプルを作ってもらったのでいくつかやってはみたんですけどね。なかなか市場化するまでのものはできないですね。
 こういうものは材料が馬鹿に高いでしょう。しかも使用量がね、染めるものが1キロあったら染料は乾燥した粉末が1キロ必要なんですよ。材料に対して100%から必要なんです。とても営業できませんよね。民芸とか細かいものをやるには面白いかもしれないけど、仕事としてやったらとても合わないですね。

――普通の染料だとどれくらい使うものですか?

橋本 材料に対して黒で9%から10%です。普通の中間色なら1%か2%で染まるんです。化学染料なら。

――機屋さんが色を出すために、色がちゃんと出ないので、染め屋さんに何度も染め直してもらったって聞きました。

橋本 染める時は半分はカンなんですよ。分量が出ていても絶対に同じ色には染まらないですよ。みんなが納得できる範囲に染まるのが本当に難しいんです。データが来ていてもそれの通りにやったら絶対駄目です。自分で補正しないと。

――糸の色と織りあがったときの色って違いますよね。

橋本 布のサンプルで持ってこられるとね、表面の色は合っていても布っていうのは経糸と緯糸で織っていくものですから、その組み合わせで色ができるんです。ですからわずかでも色が違うと全然違った色の布になっちゃうんですね。
 糸の見本を持ってきてくれれば、その通りにできるんですけど。
それに色っていうのは感覚で、人によって感じ方が変わるものですからね。
 我々はやってないけど、下着なんかを染めている布染め屋さんは、下着っていうのは販売が蛍光灯の下でしょう。だから色合わせも蛍光灯の下で合わせてくれと言われるんです。そうじゃないと売るときに色が違うんじゃないかということになるんですね。売り場と同じ蛍光灯を聞いてそれで色合わせをやらないと、ちょっとした違いでくすんじゃうそうで、大変困ると言っていましたね。

――天然の生糸と化学繊維とありますけど、どちらが染めやすいですか?

橋本 そうですねぇ、私は天然の専門でやっているんで合化繊は一切やってません。ナイロンまでは染まるんですけど、なかなか難しいんで絹以外はやりません。

――絹の産地とか撚り方によっても変わるものですか?

橋本 国産の生糸ならばそんなに差はないです。ただ中国などで作ったものは繭が違うんですね。そういうものは色に黄ばみが残ったりしますが、色を付けてしまえば変わりはないですね。
 最近は着物関係は生き残るのが大変ですね。でも若い子が浴衣を着るようになったから、それが火付けで着物っていう感覚を広げられればね。

吉田 洋服感覚で左あわせになっているのをたまに見かけますね。

橋本 でもそういうものもね、国産はどうしても値段的に高くなるからね。
海外産は3000円とか4000円とかで買えますからね。ちゃんと浴衣として着るんだったら国産のものを着て欲しいです。でも今悪いのは、安くても間に合っちゃうものが多いでしょう。だから駄目なんですよね。ネクタイだって1本100円で出ているんですからね。 
 若い人なんか生地がどうとか気にしないですから。1週間に1本変えたって500円あれば足りちゃいますからね。そういう点で余計に苦しいんですよね。

 橋本さんは絹を専門に扱ってきた業者であり、桐生織の伝統工芸士として、紋切り屋の小堀さん、整理屋の上岡さんと共に認定されている。
 話を聞いているとやはり時代が進むにつれ様々に変化している様子が伺えた。伝統工芸士の資格は20年以上その仕事に携わっているなどの条件が必要であるということだが、過去の材料や技術は無くなっているのは明かである。橋本さんのようにしっかりした技術で、今現在でも仕事をされている方に触るたびに、やはり寂しさを感じてしまう。
 今回の取材では、染め屋ということだけについてお話を聞いた。次回の取材でまた、何か新しいものが見えてくるのか、このすべての取材を通して何か確かなものを掴みたいと感じた。
◆第1回インタビュー取材データ◆
【日時】2003年8月11日(月曜日)20:00〜21:00
【場所】橋本氏宅
【インタビュアー】吉田邦雄、中野春江、長田克比古
         小保方貴之
【撮影等】野口健二、吉田薫人、塩崎泰雄

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はじめに
桐生お召しから龍村織物専属デザイナーへ
“柄”を生み出す演奏家
桐生で唯一の絹専門の染め屋
精練、染色 染め屋の仕事
伝統産業「桐生織」の現実
桐生の全部が全盛期の頃
職人の休日/ソフトボール、写真
染め屋の現在
絶対秘密主義の事実
染料会社の変化
自然の恵みと染色
染色の魅力
染め屋ー染め糸のある風景
今もなお現役で筆を握る図案作家
2人の整経屋からみた現実と未来
高速化に対応して世界屈指の職人へ
桐生織物の職人たち
機械直しから紗織の名人へ
全盛期を支えたお召し織物の稼ぎ頭
経糸と共に繋いだ夫婦の絆
商品の価値を決める最終段階
桐生の織物産業を陰で支える
あの光景を再び。桐生で八丁撚糸機を動かした立役者
シンポジウム
職人が語る桐生お召しの系譜

ちょっと一息/コラム
お召しチャート
編集後記

 

パンフレットの中にある染めの工程に橋本さんが写っている。

紋切り屋の小堀さん同様、橋本さんも桐生織の伝統工芸士である。

現在は使われていない貯水タンク。染め屋には付きものの風景だ。

データがあっても最後は職人が培った経験が大切だと語る橋本さん。

橋本さんには、様々な資料を用意して取材に応じて頂いた。

現在は、ブラジル産の生糸の品質が比較的安定しているということだ。