桐生お召しに関わる職人たち
桐生お召しと職人の系譜
桐生市老人クラブ連合会/NPO法人桐生地域情報ネットワーク

――ちょっと、外に干してある糸を見せてもらっていいですか。(糸を見ながら)この黒い糸は何ですか?

橋本 これはお葬式の帯。帯の緯糸。

――さっきとは違って柔らかくなってる。艶が綺麗ですね。

石川 これがいわゆる絹だよ、絹。

――(干してあるピンクの糸をみて)これはまだ硬いですけど、この後もっと柔らかくなるのですか?

橋本 (黒い糸を握りながら)こうなるよ、糊とれば。

――(工場の中に入る)この工場の中のすっぱいような臭い、これは何の臭いですか?

橋本 酸です。酢の強いやつ。それを使って染料の濃度を変える。酸性染料って言うんだよ。
 あのぶっ壊れそうな秤は匁秤。まだ使ってるんだよ。50匁、20匁って。

石川 あれが一番の生命線だよね。何色は何匁っていう具合に、それぞれの色のデータが出てくるわけだから。

――匁で書かれた昔のサンプルは、グラムに直さないんですね。それが色のサンプルですか?

橋本 これはみんなうちが作ったものなんだ。0.2%とかってパーセント表示だけどね。

――サンプルの色って何種類ぐらいあるんですか?

橋本 何種類かな、数えたこと無いね。こっちは匁で書いてあるよ。

石川 相当の数だよね。今でも作業を維持できるように、こうやって使い分けているのかあ。

橋本 匁で取ったりパーセント、グラムで取ったりさ、私自身も色々試しているんだよ。
 注文の形も色々だけど、これなんかね〜。(依頼書を見せながら)

石川 へえ。これは機屋さんから何番に染めて下さいっていう依頼?

橋本 そうそう。1つのものを織るにも、これだけ沢山の色を使うんですよ。
 このサンプルは色を注文する時のもので、じゃあ今度はうちのサンプルで言うと、どの色になるのかなって具合に合わせていく。ちなみに、そっちにあるのは染料会社が出している原料のサンプルね。

石川 これ良いね。色変わってないな。すごい。綺麗だね。

橋本 ダイレクトカラー。直接染料だね。それで、ここに青い線が引っ張ってあるでしょ?これはもう全部製造中止になっている色なんだよ。
 だいたい1色を出すのに、少なくても3種類の染料を混ぜ合わせないといけない。このサンプルの会社なんか、会社そのものがなくなっちゃったからね。
(色の具合が違う5色の赤い糸のサンプル)
 この色が無くなっちゃったんだよね。それで、代替品ってことでこっちが来たんだけど、やっぱり微妙に違う。でも、これ以外にないって言うんだよ。

石川 前の方が明るいって言うか、綺麗だな。

――色のバリエーションが減ってきているんですね。サンプルを見ていても、沢山青い線が入っちゃってほとんど作れない状態ですものね。

橋本 そうなんだよ。1つの色を出すにも、染料をこまめに調整しないとね。例えば同じ色でも紫っぽいのだったり、赤っぽいのとかがあるから、いくつかの染料をちょちょっと混ぜるんだけど、これがなかなか難しくてさ。

石川 染め上がりの感じは何か見本の糸を染めてみるわけでしょ。

橋本 そうそうそう。

石川 それはやっぱり糸に染めていくわけ?

橋本 うん。

――これはどこで作ったものですか?読めないと思ったら、左から読んでた…。「日本流行色研究所」だって。やっぱりこの当時からあったんですね。サンプルの中で、糸が取れちゃっているのは無くなってしまったんですか?

橋本 そうじゃない。そういうのは機屋さんが来て、この色欲しいなって持っていっちゃうんだよ。

石川 図案の本でも切られちゃうんだから。本を見せるとね、貸してくれって言われるんですよ。それで返って来た時には、ところどころが千切れている有様。

――これも結構な数取られちゃってますもんね(苦笑)。
(奥さんが糸張りを行っているところにお邪魔する)

――木がすべすべしていて気持ち良いですね。

橋本 絹糸でもって擦れるから艶が出るんだよ。絹糸にはその木が一番良い。

――1つ1つ伸ばすんですか?

奥さんそうそう。

――見る見るうちに糸に艶が出てきますよね。これだんだん伸びていくんですよね?昔はこれも何人かでやってらしたんですか?

奥さんそうそうそう。

橋本 糸を引っ張る棒もいっぱいあるよ。

石川 棒も糸が当たるところは擦れないのかね?

橋本 擦れる、擦れる。

――じゃあ、棒が段々と細くなっていくわけですか?

奥さんこの棒だって何十年も使っているから、もう真中がね、凹んでるでしょ。

―― (手に持たせてもらって)結構重いですね。

橋本 重いよね。

石川 樫の木だから、杉なんかより硬いよ。

――精練をする時の釜もここにありますか? 

橋本 精練は機械でもやるよ。向こう側にある四角の装置。

石川 ボイラーは何、熱処理?

橋本 そうそう。
(別棟にあるボイラーを指しながら、そちらに移動)
 あそこで蒸気上げて、向こうの染色機の水を熱くする。

石川 この中に水が入ってるわけ? 

橋本 そう、中にね。それでほら、やかんの水なんかでもジュ―って吹く水蒸気あるでしょ。あれを貯めておいて蒸気をこっちに使う。

石川 じゃあ蒸気はたくさん確保しとかなくちゃならないよね?

橋本 うん、そうそう。

――前のお宅から、ガッチャン、ガッチャンってリズム良く音が聞こえてきますけど、何を織られているんですかね。

橋本 ああ、中近東の人がよく頭に巻いてるターバンだとかあるでしょう。あれを専門にやってるんだって。思わぬところからの仕事があるにはあるんだよね。

――ターバンをここで作っちゃうんですか。

橋本 そうなんですよ。織物は世界中に飛び立って行ってるんだよね。

――メイド・イン・キリュウですか〜。そう言えば一時期京都のものなんかも、桐生で織っていたって聞いたことがありますよ。

橋本 う〜ん、でも京都と桐生じゃ、全く種類が同じだからね。せいぜい製品が良いか悪いかってぐらいの違いでしょう。だけど、お隣の布は、アフガニスタンとか世界規模で動いているわけだし。

――大学でも留学生の人が巻いてますね。もし、何か分からない事があったら、また伺って良いですか?

橋本 良いです、良いですよ。けど、土日は居ないけどね。

――あ、大事な撮影がありますものね(一同笑)

中村愛子(群馬大学教育学部1年)
 織物の原料である糸、その中でも絹糸を専門に染色なさっている橋本さんが、精錬、染色と手を加えていくことによって、精錬前のゴワついた絹糸があんなにも滑らかな手触りになるものかと非常に驚きました。それと同時に、染色という過程ひとつにしても様々な工程や苦労、工夫、時間を要すことが分かりました。
 今は昔よりも染め屋さんも減り、不便している点も少なくはないようですが、橋本さんは自分の仕事にとても誇りを持っているようでした。また、橋本さんのお話からは他にもいろいろな発見がありました。桐生川、桑畑など昔の桐生の風景も垣間見えましたし、生活の様子なども伺うことができました。仕事の合間にみんなでしていたソフトボールの話も実に印象に残っています。
 また、橋本さんは趣味の写真にしても、夜明け前に出掛けて行って納得のいく作品が撮れるまで通ったりするなど、趣味の世界でも職人気質のこだわりもお聞きしました。しかし、決して仕事には影響を与えないと聞き、さすがだなぁと感心しました。そして、そんな橋本さんも後継者がいないということ。あらためて桐生織物を残していきたいと思い、また、みんなにもっと知ってほしいと感じました。
◆第2回インタビュー取材データ◆
【日時】2003年11月7日(金曜日)13:00〜15:00
【場所】橋本氏宅
【インタビュアー】石川仙祥、後藤美希、中村愛子
         小保方貴之
【撮影等】小保方貴之

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はじめに
桐生お召しから龍村織物専属デザイナーへ
“柄”を生み出す演奏家
桐生で唯一の絹専門の染め屋
精練、染色 染め屋の仕事
伝統産業「桐生織」の現実
桐生の全部が全盛期の頃
職人の休日/ソフトボール、写真
染め屋の現在
絶対秘密主義の事実
染料会社の変化
自然の恵みと染色
染色の魅力
染め屋ー染め糸のある風景
今もなお現役で筆を握る図案作家
2人の整経屋からみた現実と未来
高速化に対応して世界屈指の職人へ
桐生織物の職人たち
機械直しから紗織の名人へ
全盛期を支えたお召し織物の稼ぎ頭
経糸と共に繋いだ夫婦の絆
商品の価値を決める最終段階
桐生の織物産業を陰で支える
あの光景を再び。桐生で八丁撚糸機を動かした立役者
シンポジウム
職人が語る桐生お召しの系譜

ちょっと一息/コラム
お召しチャート
編集後記

 

庭に出てピンク色の染め糸を手に取る石川さん。

ツヤがあり、ふっくらとした手触りは絹糸の特徴。

このサンプル帳は糸ではなく、織った状態で並べられている。

実際に糸が掛かっている木や糸に触れながら話を聞く学生達。

このボイラーが薪や石炭の変わりとなって活躍している。