――石川さんのお父様も図案作家だったんですか?
石川 いや、私が初め。
――始めたきっかけは何ですか?
石川 絵が好きだったから。
まだ弟子だった時、長男が生まれてね。当時1000円くらいの給料だったから辛かったですよ。足利まで汽車で通ってたんです。
(手帳にアヒルの絵があり)
こんなのも図案の参考にしたんだよ。
――実際自分が描かれた反物や着物はありますか?
石川 家に?ない。あれば良いんですけどね。
ここからすぐ出たところの牧島さんっていう機屋さんなんかでも、この図案のお召しが売れてね。で、今度それを帯に利用して、また帯で売ったん。そういう風に売れたこともあるね。
(一寸法師が書いてある生地)
今こういう仕事をしてる。一寸法師。もう随分前に描いたやつで、これは見本だけど商品になってるよ。
――これ、1枚1枚石川さんが描いてるんですか?
石川 そうだよ。これはお祭りの鯉口(シャツ)です。
(大きな雷神が描かれたシャツ)
もう8年、9年目になるんだけど、これがなかなか真似されないんだよね。カタログ販売していて結構売れてるし、本でも発表してるんだけど真似ができないんだって。
――著作権とかを気にしてるんですかね?
石川 それだけじゃなくってね。工程が分からないんだって。
あと、どうしたって売値と合わせるしかないから、決して実入りが良い仕事とは言えないんだよ。私の同業者に見せても、なんでこんなに安く描いてるんだってびっくりされる。
でも実はこれ、オール手書きじゃなくて、ぼかしを入れたりするのにハンドピースを使ってるんだよね。ぼかす時に必要な型も使って、私が型自体を作っているから、一目見ただけじゃどうやってるんだか分からないんだな。
――石川さんの独自のやり方なんですか?
石川 多分そうじゃないかなと思うんだけど。だって、これだけの色を使っているってことは、色分けするだけでも大変ですからね。
仮にある一箇所をぼかすとして、ここを浮き出させるにはどうすれば良いかなと、自分でやり方を見つけていったんですよ。大体が3枚くらいの型紙でできるんだけど、その型自体全部私が彫っているんだから、真似したくてもできないんだよね。
――これちなみに、おいくらぐらいで売ってるものですか?
石川 12000〜13000円みたい。そうとう儲けてますよ。(笑)
――注文が入ると描くんですか?
石川 そうそう。去年は3月から10月ぐらいまでフル回転。ところが、だんだん悪くなって1枚、2枚っていう一桁台の注文が入ってきたから、今年は10枚以下の場合はいくらって、かなり値上げしたん。そしたら仕事がぱったり無くなったんよ(笑)。
――1枚書くのにどれくらいの時間がかかりますか?
石川 大体1日に10枚は一人で描ける。15枚とか頑張っちゃう時もあるけど、そうしないと月に200〜300枚はやるから、注文に追いつけないんだよね。
(写真を見ながら)
…これは、女の人の向きだね。弁天様。ほら、こんなに豪華。特注でやったの。
…(龍の絵)こういうのは1枚しかやらない代わりに、これだけで2万円ぐらいもらう。
――どれくらいかかりますか?
石川 1日あれば描けるよ。
…これも特注だ。ほら、渦巻きね。腕のところだの、こんなにいっぱい。
このへんも特注だね。こんなに賑やかだがね。
…これなんかは、襖。
――襖なんかも描いちゃうんですか?
石川 勿論頼まれれば描きますよ。屏風なんかもね。とにかく、もっともっと絵を描いていたい。
――ところで、石川さんはおいくつなんですか?
石川 それ言うとね、橋本さんより私の方が9つ上。大正15年。今77か8か。私の先輩の図案作家は全部居なくなっちゃったからね。
…これが『紅白』って言う花屋さんから、屏風を頼まれた時のひな形。幅6メートルに丈が2メートル、いや3メートル近くあったな。
――どこで描いたんですか?
石川 そりゃあ、家だよ。(笑)
…これがこう折れるようになってて、ここでこっちに繋がる。どれを外しても全部絵が繋がるようになってるの。.
『紅白』さんが、お葬式やら、何か勲章をもらう時などに体育館とかでするお祝い事の時に、背景として使ったんだそうだ。
――使い道によって横幅がわからないですもんね。
石川 そう。例えばさ、お堂っていうのは普通お寺にあるもんだから、お祝い事の時はこのお堂の部分を取っちゃうんですよ。そうやって全部どこを差し替えても、一つの絵になるような構図にして、こりゃ仕上げるのに2ヶ月ぐらいかかったね。
それから、薮塚の伏島館の絵。舞台の背景を頼まれたんだけど、舞台いっぱいに幅広く描いてくれって言われたんですよ。でも描き上がらない内に、注文した人が亡くなっちゃってね…。
――幅広いですよね。でも、描くっていうことが共通しているんですよね。何にでも描かれるんですか?
石川 うん。描いてる。
…これはTシャツに描いたやつだね。女の人が着たんよ。このブラウスだの、Tシャツだのって描いてた時は、数もはかどったね。今の仕事より率が良かった(笑)。
…こっちは正絹の風呂敷。三越に納めた。全部手書きなんだよ。
――絵にも色々ありますよね。動物があったり植物であったり、静物みたいなものもある。なんでも、どんなものにも描くんですね。
石川 (壁に掛かった型を指差し)
それは、息子が東京の学校に行ってる時、仲間同士でユニホームを作ったんで、そのTシャツの胸につけたんかな。
――これは、型を使ったんですか?
石川 そう。型でやって、中をこう色々とぼかしていった。
アゲハっていうグループ作って、なんかバンドだのやったみたいよ。今度また来たら、しまってある図案とかも見せてあげるよ。
――描く時に、何かこだわりのようなものはあるんですか?
石川 別にないんね(笑)。
何でも描くね。もともと私は似顔絵を描いてたから。斎藤マツエっていう、コロンビアローズ知ってるかい? 綺麗だったんだよ。当時描いてくれ描いてくれって言うから描いてやったのに、その後コロンビアに入社して一躍スターになっちゃったら、挨拶もないよ(笑)。有名になっちゃうと駄目だね。
…そう。今度はこれ描くの。全く違うもの、七福神。
――綺麗。これは何に書いてあるんですか?
石川 掛け軸だね。これは衝立て
…あと、これ。よく旅館とか行くと玄関にあるでしょ。ケヤキの置物なんだけど、直接木に描いたんです。
――今までに何種類の素材に絵を描いたことがあるんですか?
石川 う〜ん、分かんない。何にでも描くから。ケヤキとかは、よく新築の家から頼まれるんね。
――素材によって描き方とか変わりますか?
石川 そうだね。多少変わる。
――今までで一番描きづらかった物は何ですか?
石川 う〜ん、やっぱり布。こういうものは、おっきいから描きづらいね。大きいとやっぱり大変ですよ。
――スタートした時はお召しの全盛期ですよね。
石川 そう。だけど桐生の仕事をする前は、伊勢崎織物の銘仙の図案も描いてたから、銘仙にも詳しいんですよ。
(頭の長いお坊さんが描かれた板を指し)
…これは足利で陶芸をやってる人が、焼き物の展示会で使っていた板なんだよ。この上に茶碗が飾ってあったの。で、「この板良いね、私にください」って言ってもらってきて、こういう風に作った。これ、桜の木なんですよ。
――木の種類よって、描きやすさに違いはありますか?
石川 別にないね。木でも何でも、もう描き慣れてるから。
こういうのは、色々資料を見て勉強する。見なくちゃならないんだね。
――最終的には1枚の絵になりますけど、それを描くまでには、その奥に色んなご苦労があるんですね。
石川 そうだね。一つの物を描くまでの準備が大変。1日に何枚も描けるけど、それ以前に構図を考えたりする時間が長いね。
――下描きとかもなさるんですか?
石川 うん、するよ。
ところが、同じものばかり描いてるとね、もう下描きはいらないんだよね。自然と手が動いちゃう。 |