桐生お召しに関わる職人たち
桐生お召しと職人の系譜
桐生市老人クラブ連合会/NPO法人桐生地域情報ネットワーク
佐藤正巳氏 第2回インタビューより

佐藤 ジャカードには、ハーネスって言われるものが掛かってて、そこを通してジャカードの動きを架物に伝えていくのが役目。ハーネスは通糸の先に針金が付いていて、そのまん中あたりに開いている穴に、タマから引っ張って来た経糸が通るんだよ。それでジャカードの命令によって経糸が上下するっていうわけ。経糸が上がったとこに緯糸がサッと通って柄が出来上がってゆく。そういうことなんだよね、織物っていうのは。
 で、上からの命令を5本に伝えるんだけど(2400×5)、この1台に12000本の綜絖があるから、同じ柄が5個できるってことだね。だから、上が6000本で下が6000本になるんだよ。

――ここまで作業するのに、どれぐらいかかったんですか?

佐藤 今日お昼から1人でやってこれぐらいできたね。

――お昼からってことは半日もかからないで、ここまで進むんですね。

佐藤 そうだよ、ちょっと待ってよ。実践して見せるから。
 (作業しながら)
  ……これで1目……これで1目。片手で結ぶときはこうやってやるの。1本ずつここでギュって引っ張る。まあ簡単なことなんだけどね。

――んー、どうやってるか全然わからないな。 

佐藤 2人で作業したら、全部やっても3時間ぐらいでできるよ。そのときの気候によっても違う。寒くなれば糸が縮まるし、湿気があればたるむから。今、糸にも色々あるだろ?テトロン糸に綿をカバーリングしてあるやつだとかね。
 普通の無地の場合は綾枠があって、ドビー機が上下することで操作して織れるんだよ。1枚ごとそっくり上がるから柄にはならない。それで格子だとか、そういうものに限定されちゃうわけ。枚数が4枚を基準に6枚、8枚、12枚、16枚だとかあるから、2色の簡単な格子から何色も使った格子までできるけど、それぐらいが限度なんだよね。それに対しジャカードはハーネスごとに操作するから、長さによっても幅によっても好き勝手な柄ができるんだよ。
 織物の組織っていうのは大きく分けて3つあるんだけど、まずトップが「ヒラ」っていう平織りのことね。それから朱子。あと斜文っていうのがある。これは綾とか綾織りとも言うね。

――紗紋って網目みたいになってて、結構目の粗い織物ですよね?

佐藤 色々。密度によって違ってくるからね。女性のスカーフやショールだと大体1幅が多くて4000本ぐらい。 
 朱子っていうのは織物がちょっと光る感じ。ほら、チャイナ服とかが5枚朱子と8枚朱子っていうやつだよ。2年半ぐらい前かな、ある商社からチャイナ服みたいな、胸と膝のとこに紋が入ったチャイナ服地の依頼があって、機械は日本製だったけど、うちじゃあ断ったよ。そういうのをやってくれったって手間がかかり過ぎて、俺んちは開店休業になっちゃうからね。
 この間ベトナム人がここへ来たときに聞いたんだけど、向こうでは1枚3千円ぐらいするような服が流行っているんだって。女性ってのはなかなか贅沢だなって思ったよ。だって給料が7千円ぐらいなんだもん、アルバイトしたり、親にお金もらったりして買うんじゃない?

――やっぱり織るのが難しいからなんですか?

佐藤 織ること自体は格別難しいわけじゃないんだよ。ただ朱子に紋を入れるには、架物を作るのに手間がかかり過ぎるの。それでも花柄が入っていたりするほうが喜ばれるから仕方ないんだけど。

――じゃあ何でそんなに高くなっちゃうんですか?

佐藤 やっぱり原糸が問題なんだよ。絹っていうのは一番高いからね。次が綿、その次にウール、麻と続いて、それでテトロンやらナイロンだとか色んな化繊が出てきたんだよ。今はもう色んな糸があるがね。
 なぜ絹が一番かっていうと、断面を1500倍もにした写真で見てみるとね。仮面ライダーの目玉二つみたいに1本の糸の中に空洞があるんだよ。早く言えば糸が息をして、そこで水分を貯めたり吐いたりしてるわけ。

――だってもともとは生き物の糸なんですもんね。

佐藤 そうなんだよ。動物繊維だから。だけど欠点もあって色が変わりやすいんだよな。変色しない色もあるけど、特に白だと3年ぐらいで変わってくるよ。
 昔は軍隊の将校以上の人は絹のパンツをはいたんだって。外気が寒ければ暖かいし、天候によって変わってくれるから、桐の箪笥と同じ原理だよね。だからね、女性が来たんで言うけど、同級生の医者が言うには、今の女性が子供ができないとか母乳が出ないとか言うのは、化繊の下着を着けていることも原因の一つなんだってさ。化繊ってのは体への影響が大きいから、なるべく天然繊維を着たほうがいいって。

――私アレルギー体質なんで、絶対に綿を着るようにって言われました。 

佐藤 そうでしょう。女性は特に天然繊維を身につけたほうがいいよね。 綿っていうのにもいろいろ種類があって、一番いいのは西インド諸島の海島綿だね。綿糸ってのは案外短いものなんだけど、それは長さが30センチあるの。櫛のことをコーマって言うでしょう。だから櫛で引っ張って取った綿をコーマ糸って言って、そのとき落っこちた部分で作ったものをカード糸、落綿とも言うわけ。その下にまたベイ綿っていうのがあるね。綿は蕎麦なんかと同じで土地に栄養が無いほうが、いいものができるらしいよ。
 あと、男性がよく背広のほこりを取るときに使うエチケットブラシってのがあるがね。あれはテトロンなんだよね。黒い背広なんかは静電気が起きやすいじゃない。俺なんかも昔夜遊びしてさ、ショットグラスで何杯か勢い良く飲んで酔っぱらって帰ってくると、服脱ぐ時にパチパチパチパチって静電気がね。まあ俺の場合、毛深な方だからかな(笑)。


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はじめに
桐生お召しから龍村織物専属デザイナーへ
“柄”を生み出す演奏家
桐生で唯一の絹専門の染め屋
今もなお現役で筆を握る図案作家
2人の整経屋からみた現実と未来
高速化に対応して世界屈指の職人へ
織物の基本
機械の高速化により変化
機拵えの仕事
織機について〜ビデオを見ながら
職人の趣味
経営者と職人
桐生織物の職人たち
機械直しから紗織の名人へ
全盛期を支えたお召し織物の稼ぎ頭
経糸と共に繋いだ夫婦の絆
商品の価値を決める最終段階
桐生の織物産業を陰で支える
あの光景を再び。桐生で八丁撚糸機を動かした立役者
シンポジウム
職人が語る桐生お召しの系譜

ちょっと一息/コラム
お召しチャート
編集後記

 

佐藤さんには様々な道具などを用意頂き、説明がわかりやすくなるよう工夫して頂いた。

ハーネスの結び目の高さが揃うように丁寧、かつ瞬時に作業が進められてゆく。

途中で黒板を使って説明して頂いた。その様子はまるで講義のようだった。