桐生お召しに関わる職人たち
桐生お召しと職人の系譜
桐生市老人クラブ連合会/NPO法人桐生地域情報ネットワーク

大阿久 コンピュータが入ってからは、とにかく便利になったよね。例えば織っている最中に傷ができちゃうことがあるんですけど、紋紙の場合はいちいち数えて手作業でやってました。下手をすると1日中ほぐしていましたからね。それがコンピュータだとボタン1つでできるんですよ。

小平 合繊とかは糸が安いから、そこでカットして新しく織り始めることもできたみたいですけど、なんせ絹ですからね。1匁いくらのものをやたらと無駄にできないから、いちいちほぐしたりと、うんと苦労があったんですよ。

岩倉 私は合繊は織ったことないけど、聞いた話じゃ今はカレンダーなんかを織っていて間違えても、絶対にほぐさないんだって。時間的にほぐしたりしているほうが損になるらしいですよ。

小平 今は絹以外のものはみんな材料が安くなっているからね。


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はじめに
桐生お召しから龍村織物専属デザイナーへ
“柄”を生み出す演奏家
桐生で唯一の絹専門の染め屋
今もなお現役で筆を握る図案作家
2人の整経屋からみた現実と未来
高速化に対応して世界屈指の職人へ
桐生織物の職人たち
全盛期の頃の森秀織物
織物業界の新アイデア
機械直しの役割
合理化された織機
機織の仕事
完全出来高制の機織の給与
機織りの育て方
機械直しから紗織の名人へ
全盛期を支えたお召し織物の稼ぎ頭
経糸と共に繋いだ夫婦の絆
商品の価値を決める最終段階
桐生の織物産業を陰で支える
あの光景を再び。桐生で八丁撚糸機を動かした立役者
シンポジウム
職人が語る桐生お召しの系譜

ちょっと一息/コラム
お召しチャート
編集後記

 

大阿久さんも当時は優秀な機織りさんだった。