長田 さて、お召しはいわゆる先染め織物ですが、糸の段階で色を付けるわけです。昔から染めをやっている橋本さんにお聞きしたいのですが、糸を染めるという作業、しかも生糸ですが、糸を染めるために精練という下準備が必要になるようですが、これは簡単に言うとどんなことなんですか?
橋本 糸屋から来る生糸というのは精練していないものです。手触りは麻の糸のような感じです。そこで絹の味というか柔らかさを出して、絹鳴りという独特の音が出る状態にする、これが精練です。
長田 精練するとセリシンが落ちるわけですが、やはり重さも減るわけですか。
橋本 そうですね、だいたい25%ぐらい減ります。
精練が終わったら染めに入るわけですが、私が始めた頃は機械設備もありませんでしたから、全部手で染めていました。
長田 今流れている映像は、糸を揃えているところですか?
橋本 そうです。糸繰りがしやすいようにここで糸張りをするんですね。
長田 これもただ引っ張っているわけじゃないですよね。
橋本 ええ、広げながら引っ張ります。うまくやらないと糸に山ができちゃうんですね。いわゆる固まりです。そうすると糸繰りするときに引っ掛かっちゃってスムースにいかないんです。
ちなみにこれは経糸で緯糸は専門の張り屋さんに任せます。
長田 今映っているものが精練が終わった糸ですよね。これを握るとギュッギュッっと独特の音がなるわけですね。
橋本 そうです。一般に手に入るような糸はみんな精練が終わった糸ですね。隣にあるのが生糸です。
長田 昔の染料などは、まだあるんですか?
橋本 ええ、まだ工場の隅に残っています。
長田 種類は何種類ぐらいあるんですか?
橋本 種類ですか。最近は作っているメーカーも少なくなって、しかも合理化されて、例えば昔は赤系の色でも何種類かあったんですが、それも今は1種類しかなくなってしまったので、必然的に色の種類も減っていますね。
長田 昔はたくさんの会社があって、会社の数だけ色があったということですか?
橋本 そうです。各々の会社で色のサンプルを作っていました。今は2社か3社ですね。
残った染料も使おうと思えば使えるんですけど、次にまた同じものを依頼されたときに染料が無くて染められなくなってしまうので使いようがないんですね。単発のものがくれば残った染料も使えるんですけど。
長田 重さの単位もグラムじゃなくて尺貫法を使っているということでしたね。
橋本 そうですね。まだ一貫目(一貫目=約3.75kg)、二貫目でやっていますね。グラムも使いますが、昔から使っているサンプル帳が半分ぐらい尺貫法で書いてあるので、尺貫法も使っています。例えば、4キロの糸が来てもわざわざ貫目に計算しなおしてやっていますね。複雑な方法ですけど、長年やっていて身に付いてるので苦にはならないですね。今使っている秤も相当錆付いちゃってますけどまだ使っています。
長田 明かりに関してもお話を伺いました。自然光や蛍光灯など色々とあったそうですね。
橋本 明かりによって染めた色の見え方に違いが出るんです。
今ではそのようなことはありませんが、昔はわざわざ売り場で使っている明かりを送ってもらってそれを使って色合わせをしていました。そうしないと実際に売り場に出してみて色が違う、などということになり兼ねませんでしたからね。
それで昔、昼間の光と同じ蛍光灯なんていうのが出たんですけど、結局それを使っても意味がないということで、今はもっぱら昼間の自然光で確かめています。だから昼だけの仕事なんです。
長田 色というのは非常に難しいものですね。
もうひとつ、染めるときにサンプルを持ってきて、これと同じに染めてくれと言われたときに、それはやりにくいということを聞きましたが、それはどういうことなんでしょうか?
橋本 織りあがったものと糸とでは色味も違いますから、経糸なら経糸をいちいち抜いて、それで確かめていましたね。織物というのは経糸と緯糸が合わさって織られていますから、糸の状態と色が違って見えるんですね。
長田 なるほど。どうもありがとうございました。 |