――絹自体、現在の日本のものはどうなんですかね?
上岡 あんまり使えないんですよね。高くて手が届きません。
――そんなに貴重なんですか?
奥さん そう、今はほとんど中国とかの輸入ものだね。安いんですよ。
上岡 でも、デニールが揃ってなくてね。
奥さん お召しみたいのは撚りが派手だし、反物は端が揃わなければ見栄えが悪いものね。
――ぼこぼこしてたら格好悪いですもんね。
奥さん 外国では、昔の日本のようなすばらしい糸は出来ないですよ。
上岡 シルクって言ったって、中国産のみたく細かったり太かったりするんじゃ撚り屋さんも困るし、最終的にはうちあたりの仕上がりが大変になるんですよ。何回もシボを取り直して、幅を引っ張っては寄せして、なんとか平らにはするんだけどね。
――昔のに比べる大変になっちゃうってことですか。
上岡 そうです。まあ安いわけだし、絹本来の良さが出ないのは仕方ないと思いますがね。結局、お蚕さんがおっきくなっちゃってるから、太くなるんですよ。
――何で大きくなっちゃったんですか?栄養?
奥さん 飼い方自体が違うって言います。昔の養蚕が盛んな頃の日本では、自分の家の物置とかで大事に大事に育てたから。それが中国あたりじゃ、外の桑があるとこで育てて繭にするって言うじゃない。質だって全然違ってきちゃうよね。
――どうやら改良しちゃって、繭を大きくしようとしているみたいですね。
上岡 それで昔は14中っていって細かったんだけど、今じゃその倍の28にまで太くなってるんですよ。
――森秀でも戦前と戦後のものでは違っていて、お召しのファンの方から風合い変わったねって言われたそうなんです。すぐには吉田さんも分からなかったらしいけど、後で色々調べたら糸が14中だったのが21中くらいに替わってたんですって。
上岡 年中着てる人には、それだけでも分かっちゃうんですよね。
――じゃあ今、昔の風合いを今出そうと思ったら…。
上岡 ちょっと無理でしょうね。
原澤 ある意味、蚕から育てないとね。
上岡 結局はね、原料が違っちゃうってことだから。
――これ絹ですよね?お召しですか?
上岡 そうです。新井さんのところのジュンさんが拵えたの。15中くらいの糸なんですよ。これだけの味が出る糸は、もうないでしょうね。いくら味付けしても無理だな。
――だいたいいつ頃のものなんですか?
上岡 いつくらいかな?辞めて10年…それ以上経つから。
――じゃあ、少なくとも10年以上前のものなんですね。
上岡 そうですよ。その柄自体にラメが入ってるんだから。
――このラメ入りっていうのは、当時の流行だったんですか?
上岡 そう、流行り。裏見ると分かるんですけどね。これが裏側。
――うわ〜、すごい、色も綺麗なまま。
奥さん 総柄だからね。もう辞めたけどそこの長利さん、こういうのが最後の頃できるようになってね。
原澤 長利さんが辞めたのは遅いほうでしたね。
奥さん そうだね、頑張ったね。こういうものも娘でもいれば着せたいんだけどねえ。
――これって納めるはずのものだったってわけではないんですよね?
上岡 いや、そういうものだったら、伝票が合わなくて大騒ぎになっちゃうよ(笑)。
奥さん 仕事をもらうときに伝票がついてくるんね。それで納めるときは、ちゃんとそれと同じ数を届けるわけだから。
――じゃあ、ひっちゃかめっちゃかになっててもなんとかするんですね。
上岡 それが信用だから。1000あっても狂うことはないです。
奥さん そう、信用だいね。私がここへ来てもう40年だけど、一反だってなくしたことなんかないですよ。それが積み重なって、あそこんちはいくら頼んでも固いから大丈夫ってなるんだね。
――じゃあ逆に、こう言ってはなんですけど、どうも信用できないってところもあったんですかね?
上岡 足らないとか言って、実は自分のところでごまかして、売り飛ばしちゃってたなんていう話もありましたね。
奥さん そういう機屋さんもあったんですよ。
上岡 昔は反物を他人に貸したりしてたから、棚卸しても紛れて分かんなくなっちゃうもんでね。
奥さん 何しろはした金じゃないから、これちょっと一つ売ればってね。
――貴重品でしたものね。ちなみに、おいくらぐらいだったんですか?
奥さん 私が来た頃でだいたいね…そうだな、うちの子の七五三のとき、やっぱり森秀さんから買って作ったんだけど3万はしましたよ。それでもお宅だから安くやったよって言われましたものね。
――当時3万ってすごいですよね。
奥さん 他にも、反物だけ眺めてたんじゃ着物にならないから、帯だの裏だの仕立てだのって合わせていくと、えらい額になっちゃう。今は仕立て代だけで2万5千円、ちょっと良いものだと5万はするんじゃないですか?だから、着物っていうのは本当に高級品なんですよね。それで余計離れちゃうんでしょうね。 |